モデルカー趣味の絆館〜800台の蒐集日記〜

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アストン・マーティンと同時代の名車達:レースカー編 『ルマンを中心に活躍したレーシングカーの系譜』⑧1964:フォードvsフェラーリ第1章

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 今日はいよいよジャパンカップです。4世代のダービー馬、海外のG1馬3頭の競演です。記憶に残る素晴らしいレースを見たいものです。今日のキズナっ仔は、シャングリラステークス(3勝クラス特別)でクロパラントゥが勝利!この1勝だけでした。今日の新馬戦でペーパー馬主所有馬のサリエラ(ディープっ仔)がデビューです。この馬にも頑張ってほしいものです。

 本題に入ります。今日は1964年のルマンです。この年も勝利はフェラーリです。

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フェラーリ275P 1964年ルマン優勝車 ルマンの会Webより引用

 只、この年より強大なライバルが参戦して来ました。それはフォードです。この裏には良く知られたエピソードが有り、2020年に「フォードvsフェラーリ」と言う名前の映画にもなっています。1963年にフォード・モーターの総帥ヘンリー・フォード2世が、フォードの名声を高める為にルマンへの参戦と勝利を狙い当時の副社長リー・アイアコッカフェラーリの買収を指示。フェラーリの創業者エンツォ・フェラーリと商談し、まとまりかけましたが、契約にレース参戦の最終決定権はフォードと言う点がレース命であったエンツォにとって論外で破談になりました。その時にエンツォがアイアコッカに「醜い車を量産してろ!重役たちは間抜け!ヘンリー・フォード二世は所詮二世。偉大な祖父に遠く及ばない」と言ったとの事です。その言葉に烈火の如く怒ったフォード二世は、社の総力を挙げてマシンを開発し、フェラーリを打ち負かせと指示しました。その結果、翌年の1964年よりフォードが初参戦となりました。

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フォードGT 1964年ルマン出走車 実車写真

お互いの布陣は、フェラーリが、ワークスより275P(250Pをマイナーチェンジと排気量アップ)3台と330P(275Pより更に排気量アップ)1台、プライベートで330Pを3台、新型の275LMが3台の8台体制で、フォードは、前年のルマンに出場したローラGTを買い取りこの車をベ-スにフォードのV8エンジンを搭載したフォードGT3台で参戦しました。結果フォードは、スピードでは圧倒したもののギアボックスのトラブルでリタイアし、ファラーリが表彰台を独占の結果となりました。  4位には2台のフェラーリ250GTOを抑え、キャロル・シェルビーが、エントリーしたシェルビー・デイトナコブラが入りました。

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シェルビー・デイトナコブラ 1964年ルマン コジマオリジナル(モデルテクニカ)

デイトナコブラに敗れた250GTOの内の1台が下の車です。プライベートのノースアメリカンチームからの出走でレース半ばでリタイアしています。

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フェラーリ250GTO 1964年ルマン BBR完成品

 この年の2リッタークラスのクラス優勝のポルシェ904GTSです。

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ポルシェ904GTS №34 1964年ルマン TECNOMODEL完成品

更にこのレースで結果は出ませんでしたがジャガーから2台のジャガーEタイプライトウエイトが出場しています。特にシルバーの№16は、私の好きなマシンです。

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ジャガーEタイプ ライトウエイトクーペ №16 ラクーンオート特注

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ジャガーEタイプ ライトウェイト 1964年ルマン №16 Spark完成品

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ジャガーEタイプ ライトウエイト1964年ルマン №17 Spark完成品

№16のライトウェイトは、全長4,455mm、直列6気筒DOHC,3,781cc、344HPで最高速度は250Km/hと言われています。

 そろそろ今日の競馬が始まりますのでこれ迄と致します。コントレイル、快晴の青空の中で飛べ!!

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アストン・マーティンと同時代の名車達:レースカー編 『ルマンを中心に活躍したレーシングカーの系譜』⑦1963~

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 いよいよ三冠馬コントレイルのラストランのジャパンカップが、明後日、日曜に迫って来ました。体調も良い様で天気も良く飛行機雲(コントレイルの意味)、ディープの様に飛ぶ走りを期待しています。キズナっ仔は、今週は出走が少ないですが、2歳馬では、ショウサンキズナ新馬のトラストメイウェザ、京都2歳ステークス(G3)のグッドフェイス、白菊賞のシンシアウィシュ、古馬では、クロパラントゥに期待です。

 本題に入ります。この当時のフェラーリは、全盛期でルマンで1960年~1965年6連覇しますが、優勝車のモデルカーは、持っていませんので1963年の優勝車フェラーリ250PもWebより画像を借用しています。

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ファラーリ250P 1963年ルマン優勝車 Look Smartのサイトより引用

250Pは、テスタロッサのV12エンジンをミッドシップに移し替えた新型でルマン史上でも初めてミッドシップのマシンの優勝となっています。この当時はGT(基本市販車)とプロトタイプ(試作車)が混在しており250PのPはプロトタイプを意味します。フェラーリは、250Pを3台、330TR(1962年優勝車)と330LMB(250GTOのシャーシに4リットルのV12搭載のプロトタイプ)3台で参戦。

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フェラーリ330LMB 1963年ルマン BBR完成品

330LMBは、全長4,360mm、60度V12型SOHC,3,967cc、390HPで№26のこのマシンは、総合5位の入っています。結局フェラーリが、1~6位迄独占し、7位に1959年アストンのDBR1で優勝のキャロル・シェルビーが制作したAC社のエースの車体にフォードのV8搭載のACコブラが入りました。

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ACコブラ 1963年 ルマン 総合7位 Spark完成品

この年はイギリスからアストン・マーティンのDP214と215が合わせて3台(214はGT,215はプロトタイプ)ジャガーからEタイプのライトウエイトが3台出場しましたが、アストン・マーティンは全滅し、ジャガーも9位に入ったのみです。

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アストン・マーティDP215 ラクーンオート特注(サザンクロスミニチュアベース)

DP215は、全長4,420mm、6気筒DOHC、3,996cc、345HPでルマン史上初めて319.6km/hと300km/hの壁を破ったマシンです。

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アストンマーティンDB214 Spark完成品

DP214はDB4GTのエンジンのボアを拡大し3,749cc、314HPとしたマシンですが、出場した2台共に途中リタイアしています。9位に入ったマシンが、次のマシンでアメリカの資産家、ブリックス・カニンガムのプライベートでの参戦です。

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ジャガーEタイプ ライトウエイト ブリックス・カニンガム 京商完成品

以上、本日は1963年のみとなりましたが、終わりと致します。

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アストン・マーティンと同時代の名車達:レースカー編 『ルマンを中心に活躍したレーシングカーの系譜』⑥1961~

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 こんどの日曜日はいよいよ三冠馬コントレイルのラストランのジャパンカップが開催されます。是非晴れて良馬場で開催される事を祈っています。

 本題に入ります。1961年のルマンもフェラーリの独壇場で優勝は、250TR61でした。メカニズム面では大きな変化が有り、それ迄ポルシェの様な小排気量のマシンにしか採用されていなかったミッドシップエンジンが、いよいよ大排気量車にも採用され始めました。英国勢は、ジャガーは、出場せず、アストンも後に挙げる通りです。

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フェラーリ250TR61 1961年ルマン優勝車 ルマンの会Webより引用

この年はアストン・マーティンDB4GTザガートが、3台出場しました。残念ながら成績的には見るべきものは有りませんが、私のモデルカーの中でも最も好きな車が出場していました。1台目が、№1の白のアストン・マーティンDB4GTザガーとです。

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アストン・マーティンDB4GTザガート ステファン・バーネット完成品

上のモデルカーは、既に私の手元にはありませんが、どこかで大切にして頂いていると思います。2台目が、№2のアストン・グリーンのDB4GTザガートです。

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              アストン・マーティンDB4GTザガート 伊藤達郎さんワンオフ製作品                

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アストン・マーティンDB4GTザガート アイドロン完成品

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アストン・マーティンDB4GTザガート ル・フェニックス完成品

上の3台のモデルカーを比較頂くとアストン・グリーンの再現が非常に難しい事が分かります。次に現存している「1VEV」の実車の写真です。

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アストン・マーティンDB4GTザガート 「1VEV」実車写真

この車もルマン以降様々なレースに出場していた様で何度もレストアされており、現役当時のボディカラーかは不明と思います。只そのスタイリングの美しさはフェラーリ250GTOと双璧と私は勝手に思っています。DB4GTザガートは、全長4,270cc、直列6気筒DOHC,3,670cc、314HPで最高速度247Km/h。

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アストン・マーティンDB4GTザガートVSフェラーリ250GTO

 続いて1962年のルマンもやはりフェラーリが強く優勝は、フェラーリ330LMで、2位がフェラーリのレース史上最も有名な250GTOです。

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フェラーリ330LM 1962年ルマン優勝車 №6 実車写真 FavCars.comより引用

330LMはテスタロッサの車体に4リットルのV12気筒を搭載したものでこの車の後、2位、3位に入ったのが新型の250GTOで特に№19は、特に有名です。

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フェラーリ250GTO 1962年ルマン2位 メイクアップ特注(BBRベース)

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フェラーリ250GTO 1962年ルマン2位 アイドロン

フェラーリ250GTOは、全長4,400mm、V型12気筒DOHC,2,953cc、300HPで最高速度280km/hと言われています。

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フェラーリ250GTO 1962年ルマン2位 実車写真

次はジャガーEタイプでフェラーリ250GTOの2台に続き総合4位に入りました。

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ジャガーEタイプ レーシング 1962年ルマン総合4位 TECNOMODELS

この車は全長4,440mm、直列6気筒、3,781cc、280HPとの事です。

いずれにしてもこの時代に集中してフロントエンジンの名車が輩出していると言えます。本日はここ迄に致します。

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アストン・マーティンと同時代の名車達:レースカー編 『ルマンを中心に活躍したレーシングカーの系譜』⑤1959~

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 先週のキズナっ仔の結果です。2歳馬は、カフジテトラゴンが勝利、ペーパー馬主所有馬ビジンが、4着でした。古馬では、スリートップキズナが3着、スーパーホープが3着、オールザワールドが5着、フラーズダルムが2着と善戦も勝ちきれませんでした。只、ディープっ仔のグランアレグリア(5歳牝馬)が、マイルチャンピォンシップ(マイルG1)に快勝し、短距離G1レース6勝目(桜花賞安田記念マイルCS×2回、ヴィクトリアマイルスプリンターズステークス)を上げ史上最強クラスのマイラーである事を証明し、このレースをもって引退しました。ご苦労様でした。

 本題に入ります。1958年迄、アストン・マーティンは、総合2位が続きなかなか栄冠を掴めませんでしたが、1959年やっとルマンに勝利する事ができました。

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アストン・マーティン・DBR1 1959年ルマン優勝車 PADDOCK完成品

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アストン・マーティン DBR1 1959年ルマン優勝車 Spark完成品

DBR1は、全長4,030mm、直列6気筒、2,993cc、801Kg,250HP,最高速度は、254km/hで操縦は、ロイ・サルヴァドリとシエルビー・コブラで有名なキャロル・シェルビーでした。この年は2位もDBR1でアストンは、1928年に初出場以来の悲願の優勝を1-2フィニッシュと言う最高の形で迎えました。
 他に出場した車としてはロータス・エリートが有りF1で有名なジム・クラークが初めてルマンに出場し、総合10位でフィニッシュしています。

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ロータス・エリート 1959年ルマン 10位 IXO完成品

ロータス・エリートは、直列4気筒、1,221ccで車両重量は650kgです。更にこの年にはアストン・マーティンも名車DB4GTを出場させています。

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アストン・マーティンDB4GT ルマン1959年 Spark完成品

DB4GTは、当初4位につけるも開始3時間後にリタイアとなりました。

  翌年の1960からフェラーリはルマンでの黄金時代を迎えます。その初年度に勝利を収めたのが250テスタロッサ60です。

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フェラーリ250テスタロッサ60 1960年優勝車 レース写真

250テスタロッサ60は、V型12気筒、2,958ccで操縦者の内1名は、後にカージャーナリストとして有名なポール・フレールでフェラーリは、前年の総合優勝でファクトリーとしては撤退したアストン・マーティンDBR1が、プライベーターでの3位を占めた以外は1位から7位迄独占と言う事になりました。本日はこれ迄に致します。次回はいよいよアストン・マーティンDB4Gtザガートの登場です。

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アストン・マーティンと同時代の名車達:レースカー編 『ルマンを中心に活躍したレーシングカーの系譜』➃1957~

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 先週から8週間連続にG1レースが続きます。来週はいよいよ三冠馬コントレイルの最終戦ジャパンカップです。ダービー馬4頭(全てディープ産駒)の競演も初めてすが、是非コントレイルに有終の美を飾ってほしいものです。今週のキズナっ仔の期待馬を上げておきます。2歳馬が、未勝利のイーサンアイ、カフジテトラゴン、東京2歳ステークスのデリカテス(全く人気薄ですが)、日曜日の未勝利のビジン(私のペーパー馬主所有馬)、2歳特別レースのサイード新馬のスマートドラフト、3歳上ではスリートップキズナ、スーパーホープ、オールザワールド、フラーズダルム等期待馬が多く出走します。みんな頑張れ!!です。

 本題に入ります。1957年のジャガーは、市販車の開発・生産に力を集中するとの理由でワークスとしてはルマンを撤退しましたが、それ迄使用してきたマシンをエキューリ・コックス等に譲渡しセミワークス的にサポートすることになりました。そして優勝したのがエキューリ・コックスのDタイプです。これによってジャガーは、ルマン3連覇し、勝利数では5勝とベントレーと並ぶ事になりました。この車は、排気量が、3,781ccにアップされ300HPのパワーを発揮しました。

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ジャガーDタイプ 1957年ルマン優勝車 №3 Spark完成品

一方2年連続2着に甘んじていたアストン・マーティンは、その年にニュルブルクリンク1000kmで優勝のDBR1、2台で参戦して来ました。

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DBR1 1957年 ニュルブルクリンク優勝車 hecomodeles完成品

そのDBR1は、2台ともにレース中盤でリタイアとなsりました。只、2台出場していたDB3Sの内1台№21が、3リッタークラスでの1位となりました。

  1958年は、ルマンのレギュレーションが、大きく変わりました。1955年の大事故以降、1958年のミッレミリアでもドライバー、観客合わせて11名が死亡する事故が起こり、ルマンの出走車のエンジンの排気量を無制限から3リットル以下に制限されました。この変更は元々3リットル以下のアストンやフェラーリには追い風となりました。この年のルマンにフェラーリは、10台の250テスタロッサを投入(内ワークス3台)優勝したのではワークスのフェラーリ250テスタロッサです。

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フェラーリ250テスタロッサ 1958年ルマン優勝車 ロムオリジナル

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同上 リアスタイル

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同上 操縦席

250テスタロッサは、全長4,170mm、V型12気筒、2,953cc、798Kg,300HPで最高速度は、270km/hと言われています。同じくルマン出場のテスタロッサでポーンツー・フェンダーのマシンを紹介します。

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フェラーリ250テスタロッサ 1958年ルマン出走車 TecnoModel完成品

この車は、ルマンではリタイアに終わりました。因みにテスタロッサとはイタリア語で「赤い頭」を意味し他の250エンジンと区別する為に赤いカムカバーを装着していた為で、上のポーンツー・フェンダーは、フロントドラムブレーキの冷却目的でこの形状になったと言われています。今回はここ迄に致します。次回はいよいよアストン・マーティンのルマン初優勝のDBR1を紹介致します。

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アストン・マーティンと同時代の名車達:レースカー編 『ルマンを中心に活躍したレーシングカーの系譜』③1954~

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早速本題に入ります。1954年のルマンは、フェラーリの375プラスが総合優勝し、ジャガーの新戦力Dタイプが2位となったいます。

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フェラーリ375プラス 1954年ルマン優勝車 Amalgam Collection 1/8より引用

その翌年の1955年のルマンは、ジャガーの栄光とメルセデス・ベンツの悲劇が交錯する年となりました。優勝は、2年目のシーズンを迎えたジャガーDタイプです。

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   ジャガーDタイプ 1955年ルマン優勝車 №6 ラクーンオートオリジナル       (ル・フェニックスベース)

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同上 リアスタイル

Dタイプは、直列6気筒、3,442cc、270HPで最高速度は259km/hと言われています。そして2位には我がアストン・マーティンDB3Sが入りました。

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アストン・マーティンDB3S 1955年ルマン 2位 Spark完成品

DB3Sは、直列6気筒OHC,2,992ccでワークスカーは、11台有り、市販された車は20台で合計31台生産されたと言われています。そしてベンツですが、この年は300SLRで参戦。4月のミッレミリアではスターリング・モスの運転で優勝しています。その車が下の左の車で7時22分の出発で722の番号となっています。

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左300SLR 1955年ミレミリア優勝車、右マクラーレンSLRスターリングモス MINICHAMPS完成品

ルマンでは同型車が、3台出走しました。その内の1台ですがスタートして2時間半後、首位を走っていたマイク・ホーソーンジャガーDタイプがピットに入ろうとして急に右に寄りスピードを落とした為、後続のオースチン・ヒーレーが避けようと咄嗟に左にハンドルを切った。そこにはオースチンを抜こうとしていた300SLRがおり、接触してオースチンを踏み切り台の様にして宙を飛びスタンドに激突!バラバラになった車体が大観衆のグランドスタンドに飛び込み自動車レース史上で最大・最悪の事故を起こした。結果80人以上の観客が死亡し、多数の負傷者を出す事となりました。その後もレースは続けられましたが、フォンジオ&モスの操縦の300SLRが首位を走っていた時点で首脳陣の判断でレースから撤退。優勝は、事故の発端を作ったホーソーンのDタイプが獲得したと言う非常に皮肉な結果となりました。その後30年間メルセデス・ベンツは、ルマンに参加する事はありませんでした。

 その翌年の1956年も再びジャガーDタイプが優勝し、アストン・マーティンDB3Sが2位と言う結果となりました。ジャガーはXK140も参戦しました。

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ジャガーDタイプ 1956年ルマン優勝車 Spark完成品

ジャガーのワークスカーは、3台出場しましたが、2台はクラッシュし、残りの1台も不調で最終6位でした。しかしスコットランドのプライベート・チーム、エキューリ・エコックスのDタイプで下のモスの乗るDB3Sと激しい首位争い広げ、排気量の差も有りジャガーDタイプが、前年1955年に続き連覇となりました。

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アストン・マーティンDB3S 1956年ルマン 2位 Spark完成品

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アストン・マーティンDB3S 1956年ルマン Spark完成品

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ジャガーXK140 1956年ルマン 総合11位 Spark完成品

XK140は、直列6気筒、3,442cc、210HPで140とは最高速度が140マイル(約225km/h)である事から名付けられました。

本日はこれ迄と致します。

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今週も私にとってはビッグ・ニュースです。ついにキズナっ仔がG1競走に勝利しました。昨日14日(日)のエリザベス女王杯アカイイト(赤い糸:父のキズナ=絆からの連想)が10番人気で勝利。しかも2着もキズナっ仔のステラリア(7番人気)でした。今年は、天皇賞・春、NHKマイルカップ秋華賞で2着と後1歩でG1に手が届きませんでしたが、孝行娘のお陰でG1勝馬の父となりました。更にリーディング・サイヤー・ランキングでもハーツクライを僅差で抜き3位に浮上です。嬉しいです!!

 本題に入ります。今日は1950~53年のルマンです。1台目はアストン・マーティンDB2です。1950年のルマンで総合で6位の成績でした。

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アストン・マーティンDB2 1950年 ルマン№21 Spark完成品

直列6気筒、2,581cc、105HPで上のモデルカーの同型車№19は、総合5位、3リッタークラス優勝を遂げ、英国を代表するスポーツカーブランドとしてのアストン・マーティンのイメージを確固たるものにする事に貢献した車です。そしてこの年からジャガーが初めてXK120でルマンに参戦しました。

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ジャガーXK120 1950年ルマン №15 Spark完成品

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ジャガーXK120 1950年ルマン №16 Spark完成品

この美しい車は、№15が、総合12位、№16が、総合20位と初出場の割には健闘し、総帥のウィリアム・ライオンズは、XK120ベースのレーシングマシンCタイプの開発を決断したと言われています。そのわずか1年後、新開発のCタイプが、1951年のルマンでジャガーの初の総合優勝をもたらします。

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        ジャガーXK120Cタイプ 1951年ルマン優勝車                 ルマンの会の作品を使わせて頂きました。

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ジャガーXK120 1951年 ルマン №21 Spark完成品

同年のジャガーXK120は、直列6気筒、3,441cc、160HPで№21は、総合21位の成績でした。1952年は、ベンツが、300SLで初優勝した年です。

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メルセデス・ベンツ300SL 1952年優勝車 実車写真

300SLは、直列8気筒、2,996cc、175HPでしたが、軽量で空気抵抗の少ない車体と優れたメカニズムとサポート体制でドイツに初優勝をもたらしました。同年にアストン・マーティンは、DB2で参戦し総合7位となっています。

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アストン・マーティンDB2 1952年 ルマン№32 Spark完成品

1953年は、再びジャガーガ、Cタイプで総合優勝します。

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ジャガーCタイプ 1953年 ルマン優勝車 Paddock完成品

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同上 操縦席

ジャガーCタイプは、直列6気筒DOHC,3,441cc、220HPで最高速度は、230km/hで、53台制作されたと言われています。同年のアストン・マーティンの参戦は、DB3Sで3台参戦しましたが、共にリタイアとなりました。

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アストン・マーティDB3S 1953年 ルマン№25 カルツォ完成品

DB3Sは、直列6気筒、2,921ccです。

本日はここ迄に致します。

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